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東京地方裁判所八王子支部 平成5年(ワ)2023号 判決

原告

寺沢セイ子

外七四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

永盛敦郎

小木和男

山下正祐

志田なや子

被告

町田市

右代表者市長

寺田和雄

右被告訴訟代理人弁護士

飯田孝朗

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ、別紙未払給与等明細書中の原告氏名欄に対応する合計欄記載の金員及び右各金員に対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ、別紙請求債権目録(略)中の当事者欄に対応する請求金額欄記載の金員及び右各金員に対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の設置する町田市立町田市民病院に勤務する被告の一般職の地方公務員である原告らが、被告に対して、原告らの給与からの町田市職員労働組合の組合費相当額等の控除の中止を申し入れたにもかかわらず、被告がこれを中止せず、よって、右控除額に相当する給与が未払いになっているとして給与支払請求権に基づき、それぞれ未払給与及びこれに対する最終の支払期日の後である平成四年一〇月一日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

第三事実及び争点

一  請求原因(給与請求権の発生)

1  原告らは、いずれも町田市立町田市民病院に勤務する被告の一般職の地方公務員である(当事者間に争いがない。)。

2  原告らは、それぞれ、別紙未払給与等明細書(略)中の原告氏名欄に対応する期間欄記載の期間において、所定の勤務時間勤務した。

3  被告の原告らに対する毎月の給与の支給日は当月二一日であった(当事者間に争いがない。)。

4  被告は、原告らに対し、別紙請求債権目録中の当事者欄に対応する請求金額欄記載の給与を支払わない。

二  抗弁(控除)

1  被告に勤務する職員をもって組織する自治労町田市職員労働組合(以下「組合」という。)が存在する(当事者間に争いがない。)。原告らは、いずれも組合に加入していた(原告らが平成三年九月三〇日まで組合の組合員であった事実については、当事者間に争いがない。)。

2  組合の組合員は、組合に対して加入届を提出しているが、右加入届には、組合及び東京労働金庫を宛名として、「組合費については、東京労働金庫への預金として、給料等から控除したうえ、納入金に充当してください。」と記載されている。原告らも右加入届を提出した。

3  被告においては、地方公務員法第二五条第二項に基づき、町田市一般職の職員の給与に関する条例第六条の二で、「次の各号に掲げるものは、職員に給与を支給する際、その給与から控除することができる。」と規定し、その第五号で、控除しうる金員として、「東京労働金庫の貯蓄金並びに貸付金に係る返還金及び利子」(以下「東京労働金庫の貯蓄金等」という。)を掲げている(以下「チェックオフ条例」という。)。

4  被告は、組合から、その組合員につき控除開始の申入れを受けると、地方公務員法第二五条第二項及びチェックオフ条例に基づき、当該組合員の給与から、組合の組合費相当額と他の普通預金、積立預金、返済金、各種共済金及び労災掛金等を合算した金員を、その内訳を区別することなく、これを全体として、東京労働金庫の貯蓄金等として控除し、東京労働金庫町田支店の組合名義の口座に振り込んでおり、その後、東京労働金庫が、右のようにして振り込まれた金員について、各組合員の組合費と他の貯蓄金等を区分けして、後者を各組合員名義の口座に振り替えていた(以下「本件控除」という。)。

5  被告は、原告らが未払給与として主張する金員についても、右の手続に基づき控除を行った。

三  再抗弁(控除中止の申入れ)

原告らは、被告に対し、平成三年九月三〇日、同年一〇月分以降、給与から、組合に関わる労金預金等を控除することを中止するように申し入れた(以下「本件控除中止の申入れ」という。)。

四  再々抗弁(申入の無効)

原告らは、平成三年一〇月一日以降も、組合の組合員であったから、本件控除中止の申入れは無効である。

第四理由

一  請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、同2、及び被告が原告らに対し、それぞれ別紙未払給与等明細書中の原告氏名欄に対応する合計金額欄記載の給与の支払いをしなかった事実が認められる。

二  抗弁1前段の事実については当事者間に争いがなく、同後段のうち、原告らが平成三年九月三〇日まで組合の組合員であった事実については当事者間に争いがない。

(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、抗弁2前段の事実が認められ、弁論の全趣旨によれば、同後段の事実が認められる。

(証拠略)によれば、抗弁3の事実が認められる。

弁論の全趣旨によれば、抗弁4及び同5の事実が認められる。

三  被告は、原告らに対する未払給与相当額を東京労働金庫の貯蓄金等として控除し、これを東京労働金庫に振り込んだから、右給与支払請求権は消滅した旨主張するので、本件控除の法律関係について検討する。

地方公務員法第二五条第二項は「職員の給与は、法律又は条例により特に認められた場合を除き、通貨で、直接職員に、その全額を支払わなければならない。」と定めて、地方公共団体に、その職員に対して給与を直接、全額支払う義務を課しており、ただ、法律又は条例により特に認められた場合にのみ右直接払、全額払の原則の例外を認めているところ、右に認定したように、被告においては、地方公務員法の右規定に基づき、町田市一般職の職員の給与に関する条例第六条の二第五号において、東京労働金庫の貯蓄金等を給与から控除できる旨定めている。

ところで、右地方公務員法の規定及びチェックオフ条例の規定は、単に、地方公共団体に対し、右の給与支払方法に関する直接払、全額払の義務を免除する効力を与えているだけであって、地方公共団体が職員の給与から控除を行う権限の根拠とはなりえず、地方公共団体が職員の給与から控除をすることを可能にするためには、別に地方公共団体の控除権の根拠となるべき何らかの契約が地方公共団体と当該職員との間に締結されていることを要するものと解すべきである。

そこで、本件控除権の根拠について検討するに、既に認定したとおり、通常の組合費のチェックオフにおいては、労働組合と使用者との間に直接チェックオフ協定が締結されているのとは異なり、本件にあっては、組合と被告との間に東京労働金庫が介在し、被告は、東京労働金庫の貯蓄金等として本件控除を行っているが、前示のとおり、組合の組合員が組合に加入する際提出する加入届には、組合及び東京労働金庫を宛名として、「組合費については、東京労働金庫への預金として、給料等から控除したうえ、納入金に充当してください。」と記載されていること、被告は、組合からその組合員につき控除開始の申入れを受けると、地方公務員法第二五条第二項及びチェックオフ条例に基づき、当該組合員の給与から組合の組合費相当額並びに他の普通預金、積立預金、返済金、各種共済金及び労災掛金等を合算した金額に相当する金員を、その内訳を区別することなく、全体として東京労働金庫の貯蓄金等として控除し、東京労働金庫町田支店の組合名義の口座に振り込んでいること、その後、東京労働金庫が、右のようにして振り込まれた金員について、各組合員の組合費と他の貯蓄金等を区分けして、後者を各組合員名義の口座に振り替えていたことが認められ、この事実と(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、組合においては、組合費を給与から天引きする方法により支払って貰うため、組合は、一方では、予め東京労働金庫との間で組合費の取立委任契約を締結するとともに、前記加入届において組合員から与えられた権限に基づき、組合員の代理人としてないしは使者として、東京労働金庫との間に組合費の支払委任契約及び個人の預金契約を締結し、他方では、被告との間に、東京労働金庫の代理人ないし使者として、東京労働金庫の貯蓄金等の取立委任契約を締結し、これと併せて、前記加入届において組合員から与えられた権限に基づき、当該組合員の代理人ないしは使者として、東京労働金庫の貯蓄金等の支払委任契約を締結しているものと認められる。

右認定の事実によれば、本件控除においては、被告が、東京労働金庫からの取立委任及び個々の組合員からの支払委任の履行として、組合員の給与から、東京労働金庫の貯蓄金等を控除しているものと解される。

四  前二項で認定、判示したところから明らかなように、給与からの控除は、チェックオフ条例及び組合等からの取立委任契約だけでは、これを正当になし得るものではなく、さらに、個々の組合員たる職員と被告との間において、個々の職員から被告に対し支払いを委任する契約が結ばれることによってはじめて正当になし得るものと解すべきところ、そうとすれば、個々の職員は、委任の性質に従い(民法六五一条一項)、右支払委任契約をいつでも将来に向かって解除することができ、被告は、個々の職員から右委任解除の意思表示があった場合には、当該職員が組合員たる地位を有するか否かにかかわらず、これに応じ、以後の控除を中止しなければならないと解すべきである。

本件についてこれを見ると、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告に対し、平成三年九月三〇日、町田市民病院労働組合執行委員長関口紀江名をもって、同年一〇月分以降、給与から、組合に関わる労金預金等を控除することを中止するように申し入れたことが認められ、本件控除中止の申入れにより示された原告らの意思を合理的に解釈すれば、右の意思表示は、右関口紀江を原告らの代理人ないし使者として、本件控除における各原告と被告との間の支払委任契約を将来に向かって解除する旨の意思表示であると認めることができ、従って、被告は、本件控除中止の申入れに応じて、本件控除中止の申入れを受けた平成三年九月三〇日以後に支払期の到来する同年一〇月分給与から、原告らについては本件控除を中止しなければならなかったといわなければならない。

五  これに対し、被告は、原告らは平成三年一〇月一日以降も組合の組合員であったから、本件控除中止の申入れは無効である旨主張するが、独自の見解にすぎず、当裁判所は右見解に左袒することはできない。仮に、右見解に立つとしても、本件においては、原告らが、平成三年一〇月一日以降も組合の組合員であったとの立証がない。

六  以上によれば、原告らの請求は、主文第一項記載の限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 宇佐見隆男 裁判官 山野井勇作 裁判官 髙木順子)

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